大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

ご意見・質問などはこちらまで
kazumha64@yahoo.co.jp

国公立二次の論述問題について

2017年 一橋大学 日本史の解答例

 投稿は1年ぶりでしたね(^^;
 2017年度の一橋大学の日本史の解答例です。まだ修正が入るかもしれませんが,とりあえず。


1シドッチ。西洋紀聞。2前野良沢。杉田玄白。西洋医学の解剖書である『ターヘル=アナトミア』を翻訳した『解体新書』の著述に関わった。3司馬江漢。平賀源内に師事して銅版画をはじめる一方,天文学や地理学など西洋の自然科学を紹介した。418世紀前半,新井白石は朝鮮使節の待遇を簡素化し,将軍宛国書の記載を「日本国王」に改めさせた。また,長崎貿易における金銀の海外流出を防ぐため,海舶互市新例を出して貿易額を制限した。18世紀後半,老中田沼意次は長崎貿易において貿易奨励政策への転換をはかり,銅や俵物の輸出を奨励し,貨幣鋳造のため,金銀の輸入をはかった。その一方でロシアとの貿易や蝦夷地開発の可能性を調査するため,最上徳内を蝦夷地に派遣した。18世紀末,老中松平定信はロシア接近への対応に迫られた。根室に来航したラクスマンの通商要求を拒否して鎖国政策を維持するとともに,諸藩に対して江戸湾と蝦夷地の海防強化を命じた。(400字)

コメント
問4は駿台の直前講習「日本史論述ファイナル」で類題を扱いました。ここで200字ぐらいの答案が書ければ,問1~3は用語の知識問題です。



1新婦人協会。市川房枝。2学制。1872年。3家庭婦人は結婚して家事に専念する女性のことである。職業婦人は都市部で電話交換手などの仕事を持つ中産階級女性のことで,明治末期以降の女子の就学率上昇や大戦景気以降の重工業を中心とする産業構造の変化を背景に登場した。4明治時代,衆議院議員選挙法が公布され,参政権が認められたが,男子のみで納税資格による制限があった。その後,納税額が引き下げられたものの,参政権が認められたのは中農以上の農民か,都市の上層民であった。大正時代になり,国民の政治参加を求める声が高まるなか,大正時代末期には男子普通選挙が成立して階層間の格差はなくなったが,婦人参政権は実現しなかった。婦人参政権獲得期成同盟会は普選獲得同盟と改称して運動を展開したが,満州事変以降,戦争が拡大するなかで運動は困難となった。太平洋戦争後,運動が再開され,占領下の民主化政策のもとで婦人参政権は実現した。(400字)

コメント
「家庭婦人」をどうするか悩みましたが,教科書にも記述はないし,最低限でいいかと。問4の「参政権の動向」は,「同性間や異性間の差異に着目」とされているので,年齢や納税資格の変遷について具体的な内閣・西暦年や納税額は書かなくてもよいだろうと考えました。



1経済白書。経済企画庁。2朝鮮戦争が勃発し,日本は米軍に対する軍事物資やサービスの補給基地となり,繊維産業中心であった民間の設備投資が重化学工業に向けられ,特需が発生した。さらに世界的な景気回復のもとで対米輸出が増加した。3資材や資金を石炭・鉄鋼など重要産業部門に集中させる計画で,復興金融金庫を創設して基幹産業への資金を供給した。4金融緊急措置令を出して預金を封鎖し,旧円の流通を禁止し,新円の引き出しを制限することによって貨幣流通量を減らそうとした。5高度経済成長のもと,中卒ではなく,高卒・大卒の労働力が人材獲得の際に求められるようになり,日本人の生活様式が画一化されて中流意識が広がるなか,教育熱が高まった。そのため,高校への就学率が上昇しただけでなく,大学への進学率が上昇して高等教育の大衆化が進んだ。それを背景に,受験競争が激化し,学校管理や学費値上げなどへの反発から学園紛争が起こった。(400字)

コメント
問1~4は基本的な内容。一橋大学の出題としては定番といえるでしょう。問5は教科書には書いてありますが,意識して学習していた受験生は少なかったのではないでしょうか。教科書の記述をもとに解答例は作りましたが,高度経済成長のもとで中学校からの就職希望者が減少し,高校・大学が良質な労働力を養成する機関として期待されたことを意識した内容を入れてみました。

※ご意見をいただいて,解答例を修正しました。(3月9日)


2016年 一橋大学 日本史の解答例

2016年の一橋大学の解答例です。
『一橋大の日本史 15カ年』の改定までに修正する可能性はありますが,参考にして下さい。


1律令は,皇帝という専制君主の法で,歴史的に形成された法典であった。律は刑罰,令は行政組織や民衆統治について定めた。2律令制下における郡司は地方豪族が世襲的に任じられ,国司の指揮下に伝統的な支配力により地方の実務を担っていた。平安中期には国司の長官である受領に権限が集中し,郡司は地域における支配力を失って地位を低下させ,受領のもとで駆使される存在となった。3武家社会の慣習である道理を取捨選択して法文化し,裁判の基準などを明確にした。守護や地頭の権限,知行年紀法などが規定され,当初は幕府の勢力範囲において適用されたが,やがてその影響は全国的に広がった。4公事方御定書。江戸幕府は民事問題での幕府による裁断を避けて和解を原則とし,刑事事件では幕府による裁断を重視していた。そのなかで金銭に関係する訴訟に対し,相対済し令を出して当事者間で解決させる一方,公事方御定書を制定して裁判や刑罰の基準とした。(400字)


1職工事情。全国の工場労働者の実態を調査した報告書。2工場法では少年・女性の就業時間の限度を12時間とし,深夜業を禁止した。しかし,適用範囲は15人以上を使用する工場に限られたうえ,製糸業では12時間以上の労働,紡績業では期限付きで深夜業を認めるなど,労働者の保護法として不十分なものであった。3繊維産業。工業生産額では重工業に対し,繊維産業を中心とする軽工業が多くを占めていた。繊維産業は安価な労働力である女性や年少の長時間労働や深夜業に支えられて成長した。製糸業は国産の原料・器械で生産した生糸を輸出して外貨獲得し,綿紡績業は1890年代には国産化を実現し,輸出を拡大した。一方で鉄鋼業や造船業など重工業も発達したものの,重工業製品の多くは輸入に依存していた。そのなかで政府は,工場法の制定による労働者の待遇改善が繊維産業における国際競争力の低下を招き,輸出の減少による国際収支の悪化につながると懸念した。(400字)


1①憲政党。②近衛文麿。2大蔵卿に就任した松方正義はインフレーションの収拾と貨幣・金融制度の確立を目的として経済政策を進めた。緊縮財政を実行して軍事費を除く歳出を抑制し,間接税の増税などによって歳入の増加をはかり,歳入の余剰で正貨の買入や不換紙幣の消却を行った。さらに中央銀行として日本銀行を設立して紙幣発行権を集中させ,銀兌換銀行券を発行して銀本位制を確立した。一方で財政整理と民間産業育成のため,官営事業の払下げを実施した。3普通選挙を実施し,日ソの国交樹立を実現することで活発化が予想される無政府主義や共産主義の活動を取り締まることを目的とした。4鳩山一郎内閣が目標とする憲法改正・再軍備を実現するためには国会議員の3分の2以上の議席が必要であったため,憲法改正に反対する日本社会党は改憲阻止に必要な衆議院の3分の1議席の確保を重視した。5中選挙区制であったが小選挙区比例代表並立制に変更した。(400字)

※解答例は解説の執筆などもあり,最終的に3月6日に確定版を出しました。


 今年も,過去問をしっかりやっていた受験生には取り組みやすい問題が多かったでしょう。大問ⅡとⅢはあえて大胆な字数配分をしてみました。受験生によって書きにくい設問があったからです。過去問をしっかりやっていた受験生にはこの字数配分の意味は分かるでしょう。
 『一橋大の日本史 15カ年』が役に立つのはうれしいかぎりです!




livedoor プロフィール
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

  • ライブドアブログ