大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

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国公立二次の論述問題について

2018年 一橋大学 日本史の解答例

 久しぶりの投稿です。2018年度の一橋大学の日本史の解答例です。研究会や『一橋大の日本史15カ年』を出すまでに部分的な修正をするかもしれません。


1強訴。17世紀には新田開発が急速に進んだことで耕地が拡大し,有力百姓に隷属していた小百姓や,本家から分家した百姓の自立化が進み,田畑の所持や耕作権を確立させて家が形成された。それにより,小百姓を中心として比較的均質な階層で構成された村落が成立し,小百姓が村政に参加するようになった。2国訴。商品の生産を担う村々が連合して大坂の特権商人による流通独占や綿や菜種の流通規制に反対し,自由な流通を求めて起こした合法的な訴願闘争である。領主の支配地域を超えて村々が結集した広域な自治組織である郡中議定を基盤として幕府に訴えた。3村請制のもと,村役人は村内で年貢・諸役を割付ける中心であったため,その過程に疑問があった場合には村人たちに糾弾された。村方騒動では,村役人の不正が発覚すると,それを追及して民主的な村の運営を要求した。また,村役人でもある豪農に対して小作人となった百姓が小作料の引き下げを要求した。(400字)


1国立銀行条例が改正されて正貨兌換の義務が廃止されたことにより,国立銀行設立の条件が緩和されたうえ,華・士族に支給した金禄公債証書が出資金として認められた。2産業革命が進展するなか,金本位制を採用する欧米諸国との取引が拡大したが,日本では銀本位制を採用しており,金銀相場の変動により為替相場は不安定であった。そのため,日清戦争の賠償金を準備金として金本位制に移行し,為替相場を安定させて貿易の振興や外資導入の促進などをはかった。3横浜正金銀行。台湾銀行。41920年代前半の戦後恐慌や関東大震災で日本の経済は打撃を受け,銀行は手持ちの手形が決済不能になり,日銀の特別融資などで一時をしのいだが,不況が慢性化して決済が進まず,銀行の経営を圧迫した。そのなかで1920年代後半,金融恐慌が発生して取り付け騒ぎが拡大し,中小銀行の整理や統合が進み,三井・三菱・住友・安田・第一の五大銀行が中小銀行を吸収していった。(400字)


1北京議定書。列国の中国分割に反発した義和団が蜂起し,清国政府が同調して北清事変へと発展したが,日本を中心とする連合軍が鎮圧し,清国政府と賠償や守備兵駐留などの取り決めを結んだ。2内閣と大本営の連絡調整をはかる機関として,大本営政府連絡会議を設置し,参謀総長,軍令部長,陸海軍大臣,内閣総理大臣と必要な閣僚などが参加した。3不戦条約。国策としての戦争の放棄を宣言し,国家間紛争の平和的解決を取り決めるなど,国際紛争を解決する手段としての戦争を違法とみなした。しかし,調印した多くの国は自衛手段としての軍事行動は承認されると解釈しており,自衛の範囲や解釈も曖昧であった。4国家総動員法。天皇が統治権を持つ明治憲法では帝国議会が法律の協賛権を持つことで行政権に対して立法権が分立していた。しかし,この法で政府は議会の承認なしに勅令で戦争遂行に必要な物資や労働力を統制できるようになり,立法権は制約された。(400字)

 今年は現代史が出題されなかったというものの,Ⅰ江戸時代の農村社会,Ⅱ近代の貨幣・金融政策,Ⅲ近代の国際協調と戦時体制といった一橋大では定番の問題ばかりでした。『一橋大日本史15カ年』(教学社)で過去問をしっかり解いていた受験生は類題が多数出題されており,きっとできたと思います。



2017年 一橋大学 日本史の解答例

 投稿は1年ぶりでしたね(^^;
 2017年度の一橋大学の日本史の解答例です。まだ修正が入るかもしれませんが,とりあえず。


1シドッチ。西洋紀聞。2前野良沢。杉田玄白。西洋医学の解剖書である『ターヘル=アナトミア』を翻訳した『解体新書』の著述に関わった。3司馬江漢。平賀源内に師事して銅版画をはじめる一方,天文学や地理学など西洋の自然科学を紹介した。418世紀前半,新井白石は朝鮮使節の待遇を簡素化し,将軍宛国書の記載を「日本国王」に改めさせた。また,長崎貿易における金銀の海外流出を防ぐため,海舶互市新例を出して貿易額を制限した。18世紀後半,老中田沼意次は長崎貿易において貿易奨励政策への転換をはかり,銅や俵物の輸出を奨励し,貨幣鋳造のため,金銀の輸入をはかった。その一方でロシアとの貿易や蝦夷地開発の可能性を調査するため,最上徳内を蝦夷地に派遣した。18世紀末,老中松平定信はロシア接近への対応に迫られた。根室に来航したラクスマンの通商要求を拒否して鎖国政策を維持するとともに,諸藩に対して江戸湾と蝦夷地の海防強化を命じた。(400字)

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問4は駿台の直前講習「日本史論述ファイナル」で類題を扱いました。ここで200字ぐらいの答案が書ければ,問1~3は用語の知識問題です。



1新婦人協会。市川房枝。2学制。1872年。3家庭婦人は結婚して家事に専念する女性のことである。職業婦人は都市部で電話交換手などの仕事を持つ中産階級女性のことで,明治末期以降の女子の就学率上昇や大戦景気以降の重工業を中心とする産業構造の変化を背景に登場した。4明治時代,衆議院議員選挙法が公布され,参政権が認められたが,男子のみで納税資格による制限があった。その後,納税額が引き下げられたものの,参政権が認められたのは中農以上の農民か,都市の上層民であった。大正時代になり,国民の政治参加を求める声が高まるなか,大正時代末期には男子普通選挙が成立して階層間の格差はなくなったが,婦人参政権は実現しなかった。婦人参政権獲得期成同盟会は普選獲得同盟と改称して運動を展開したが,満州事変以降,戦争が拡大するなかで運動は困難となった。太平洋戦争後,運動が再開され,占領下の民主化政策のもとで婦人参政権は実現した。(400字)

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「家庭婦人」をどうするか悩みましたが,教科書にも記述はないし,最低限でいいかと。問4の「参政権の動向」は,「同性間や異性間の差異に着目」とされているので,年齢や納税資格の変遷について具体的な内閣・西暦年や納税額は書かなくてもよいだろうと考えました。



1経済白書。経済企画庁。2朝鮮戦争が勃発し,日本は米軍に対する軍事物資やサービスの補給基地となり,繊維産業中心であった民間の設備投資が重化学工業に向けられ,特需が発生した。さらに世界的な景気回復のもとで対米輸出が増加した。3資材や資金を石炭・鉄鋼など重要産業部門に集中させる計画で,復興金融金庫を創設して基幹産業への資金を供給した。4金融緊急措置令を出して預金を封鎖し,旧円の流通を禁止し,新円の引き出しを制限することによって貨幣流通量を減らそうとした。5高度経済成長のもと,中卒ではなく,高卒・大卒の労働力が人材獲得の際に求められるようになり,日本人の生活様式が画一化されて中流意識が広がるなか,教育熱が高まった。そのため,高校への就学率が上昇しただけでなく,大学への進学率が上昇して高等教育の大衆化が進んだ。それを背景に,受験競争が激化し,学校管理や学費値上げなどへの反発から学園紛争が起こった。(400字)

コメント
問1~4は基本的な内容。一橋大学の出題としては定番といえるでしょう。問5は教科書には書いてありますが,意識して学習していた受験生は少なかったのではないでしょうか。教科書の記述をもとに解答例は作りましたが,高度経済成長のもとで中学校からの就職希望者が減少し,高校・大学が良質な労働力を養成する機関として期待されたことを意識した内容を入れてみました。

※ご意見をいただいて,解答例を修正しました。(3月9日)


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