投稿は1年ぶりでしたね(^^;
 2017年度の一橋大学の日本史の解答例です。まだ修正が入るかもしれませんが,とりあえず。


1シドッチ。西洋紀聞。2前野良沢。杉田玄白。西洋医学の解剖書である『ターヘル=アナトミア』を翻訳した『解体新書』の著述に関わった。3司馬江漢。平賀源内に師事して銅版画をはじめる一方,天文学や地理学など西洋の自然科学を紹介した。418世紀前半,新井白石は朝鮮使節の待遇を簡素化し,将軍宛国書の記載を「日本国王」に改めさせた。また,長崎貿易における金銀の海外流出を防ぐため,海舶互市新例を出して貿易額を制限した。18世紀後半,老中田沼意次は長崎貿易において貿易奨励政策への転換をはかり,銅や俵物の輸出を奨励し,貨幣鋳造のため,金銀の輸入をはかった。その一方でロシアとの貿易や蝦夷地開発の可能性を調査するため,最上徳内を蝦夷地に派遣した。18世紀末,老中松平定信はロシア接近への対応に迫られた。根室に来航したラクスマンの通商要求を拒否して鎖国政策を維持するとともに,諸藩に対して江戸湾と蝦夷地の海防強化を命じた。(400字)

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問4は駿台の直前講習「日本史論述ファイナル」で類題を扱いました。ここで200字ぐらいの答案が書ければ,問1~3は用語の知識問題です。



1新婦人協会。市川房枝。2学制。1872年。3家庭婦人は結婚して家事に専念する女性のことである。職業婦人は都市部で電話交換手などの仕事を持つ中産階級女性のことで,明治末期以降の女子の就学率上昇や大戦景気以降の重工業を中心とする産業構造の変化を背景に登場した。4明治時代,衆議院議員選挙法が公布され,参政権が認められたが,男子のみで納税資格による制限があった。その後,納税額が引き下げられたものの,参政権が認められたのは中農以上の農民か,都市の上層民であった。大正時代になり,国民の政治参加を求める声が高まるなか,大正時代末期には男子普通選挙が成立して階層間の格差はなくなったが,婦人参政権は実現しなかった。婦人参政権獲得期成同盟会は普選獲得同盟と改称して運動を展開したが,満州事変以降,戦争が拡大するなかで運動は困難となった。太平洋戦争後,運動が再開され,占領下の民主化政策のもとで婦人参政権は実現した。(400字)

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「家庭婦人」をどうするか悩みましたが,教科書にも記述はないし,最低限でいいかと。問4の「参政権の動向」は,「同性間や異性間の差異に着目」とされているので,年齢や納税資格の変遷について具体的な内閣・西暦年や納税額は書かなくてもよいだろうと考えました。



1経済白書。経済企画庁。2朝鮮戦争が勃発し,日本は米軍に対する軍事物資やサービスの補給基地となり,繊維産業中心であった民間の設備投資が重化学工業に向けられ,特需が発生した。さらに世界的な景気回復のもとで対米輸出が増加した。3資材や資金を石炭・鉄鋼など重要産業部門に集中させる計画で,復興金融金庫を創設して基幹産業への資金を供給した。4金融緊急措置令を出して預金を封鎖し,旧円の流通を禁止し,新円の引き出しを制限することによって貨幣流通量を減らそうとした。5高度経済成長のもと,中卒ではなく,高卒・大卒の労働力が人材獲得の際に求められるようになり,日本人の生活様式が画一化されて中流意識が広がるなか,教育熱が高まった。そのため,高校への就学率が上昇しただけでなく,大学への進学率が上昇して高等教育の大衆化が進んだ。それを背景に,受験競争が激化し,学校管理や学費値上げなどへの反発から学園紛争が起こった。(400字)

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問1~4は基本的な内容。一橋大学の出題としては定番といえるでしょう。問5は教科書には書いてありますが,意識して学習していた受験生は少なかったのではないでしょうか。教科書の記述をもとに解答例は作りましたが,高度経済成長のもとで中学校からの就職希望者が減少し,高校・大学が良質な労働力を養成する機関として期待されたことを意識した内容を入れてみました。

※ご意見をいただいて,解答例を修正しました。(3月9日)