少し遅くなりましたが,東京大学の解答例を出します。
今年は,原稿等があり,他大学の解答例が出せませんが,一橋大学は出そうと思っています。
京大・阪大については例年通り,解答速報に関わっているので出しません。

第1問
A当初,有力氏族の長が太政官の公卿となり国政を審議したが,やがて実務能力の高い官僚が,氏族によらず,公卿となっていった。(60字)
B平安初期には,太政官組織を掌握した天皇への権力集中が進展し,摂関期には,天皇のもとで摂政・関白が大きな権限を持っていた。しかし,叙位・除目,受領の審査など重要な国政の審議については,天皇や摂政・関白を中心に太政官の公卿が参集して行われた。(120字)

第2問
A応仁の乱前は,幕政に参画する守護やその家臣が在京しており,武士は五山僧や公家と交流し,禅宗や公家の文化を融合させた。応仁の乱後は,戦乱により地方に下って行った武士が在国するようになり,大名は領国の中心である城下町に公家や僧侶など,京都の文化人を招き,保護することにより中央で発達した文化を受容した。
(150字)

第3問
A諸大名・旗本は主従制に基づき,領地の石高に応じた兵力として家臣を動員し,村々の百姓が村高に応じた人夫として動員された。 (60字)
B百姓への人夫の負担が重く,兵粮米の徴収などで米価が高騰し,民衆の生活に影響を与えていた。そのため,民衆の不満による百姓一揆や打ちこわしの増加で,藩内の支配が動揺することを恐れた。
(90字)

第4問
A政府の権限が制限された上に,公選制の衆議院が置かれ,議会では予算案や法案の審議が可能となった。条件付きではあるが国民の権利も認められたことで,運用次第では民権の伸張が期待できた。
(90字)
B法律の範囲内で言論・出版・集会などの自由が認められたため,法の改正・廃止により,個人の自由や権利の保障が必要と考えた。
(60字)