早稲田大学の政経の解答と,論述問題の解説です。論述以外の解答は大手予備校などでも発表されていますが,論述問題の解答例と解説を参考にしてください。
 今年は問題ミスが多かったようですね。もう少し,しっかり問題作成をしてほしいものです。
 ちなみに大学の発表では,Ⅰ-B3は解なし,Ⅲ-A3は複数の解答があるということです。


Ⅰ 山家学生式・山内一族一揆契約状(史料)

A 1-ア 2-エ 3-エ 4-イ
B 1.延暦寺 2.建武式目 3.(問題ミス)

Ⅱ 江戸時代の金銀

A ⅰ-b ⅱ-e ⅲ-c ⅳ-a ⅴ-b ⅵ-e ⅶ-d ⅷ-d
B ⅸ.院内銀山 ⅹ-野々村仁清 ⅺ-古文辞学

Ⅲ 明治期の日露関係史料

A 1-お 2-う 3-うorえ 4-あ 5-い 6-え 7-い 8-う
B a.プチャーチン b.宗谷海峡 c.黒岩涙香 d.小村寿太郎

Ⅳ 中国・朝鮮への進出への見解(史料)

A 1-イ 2-ホ 3-ハ 4-ロ 5-ニ 6-ロ・ハ 7-ニ 8-1-ホ 8-2-イ
B a.東洋経済新報 b-1.犬養毅 b-2.立憲政友会 c.石原莞爾

Ⅴ 55年体制の成立

A 1-ウ 2-ア 3-ウ 4-エ
B
(造船疑獄事件に対する批判が高まる中で)
自由党が分裂し,離党した鳩山一郎らの反吉田派は日本民主党を結成した。そして吉田内閣は総辞職し,鳩山内閣が成立した。しかし,左右社会党が,総選挙で議席を伸ばして再統一すると,危機感を抱いた日本民主党と自由党が保守合同して自由民主党が成立した。
(120字)


【論述問題の解説】Ⅴ-B
 設問の要求は,55年体制が成立するまでの経緯をまとめることで,条件として人物,政党および党派の動きを中心にすることが求められています。「造船疑獄事件に対する批判が高まる中で…」に続けるということなので,それ以降の経緯を説明すればよいでしょう。
 まず,「55年体制」とは何でしょうか。山川『詳説日本史』には「ここに形式上で2大政党制が出現したが,保守勢力が議席の3分の2弱を,革新勢力が3分の1を維持して推移し,保革対立のもとでの保守一党優位の政治体制(55年体制)が40年間近く続くことになった(p366)」とあります。つまり保守=自由民主党と,革新=日本社会党の2大政党による保守優位の対立構造を55年体制としています。設問の要求から考えて,人物をあげつつ,自由民主党,日本社会党の動きを説明すればいいでしょう。以下,経緯を簡単にまとめます。
 1954年の造船疑獄事件で吉田茂内閣への批判が強まる中,鳩山一郎ら自由党の反吉田派は離党し,日本民主党を結成しました。その後,吉田が退陣し,日本民主党の鳩山内閣が成立しました。鳩山は憲法改正・再軍備をめざし,これを進めようとしましたが,講和問題により左右に分裂していた社会党は,それに反発し,議席を伸ばしていきました。そうしたなか,1955年の総選挙で左右の社会党はあわせて改憲阻止に必要な三分の一議席を確保し,左右両派は再統一します。それに対し,危機感をもった保守陣営は,自由党と日本民主党が保守合同して自由民主党を結成しました。初代の総裁は鳩山一郎です。
 以上ですが,まず,「人物,政党および党派の動き」を中心にということなので,自民党と社会党の主張や争点は明示しなくてもいいでしょう。また,リード文で社会党は明示されているので,リード文で明確にしていない「保守党」の説明を中心にすればよいでしょう。