原始・古代編 その1のつづきです。 問題  解答・解説

(5) 2006年 本試験 第2問 問4  10 空欄補充問題+図版
 この問題は,見ればわかると思いますが,イの「曼荼羅」で間違った受験生はほとんどいないと思われます。アの「掘立柱」と「礎石」で間違った受験生が多いのです。教科書では,一例をあげると,山川出版社の『詳説日本史B』で,白鳳文化の脚注に礎石の説明はあり,奈良時代の社会のところで「掘立柱住居」の語句が太字で強調されています。まず,センター試験の基本として,教科書は丁寧に学習したいところです。もう一つは,塔の図が問題にありますが,右側の骨組みを示す図で,柱の下に石が敷かれているのがわかります。ここが,出題者にとってはヒントの一つだったのでしょう(とはいっても,少なくとも,掘立柱の意味を知らないとできませんが…)。
参考 「細かい用語」って何? ~続・教科書で学習しよう センター試験編 その1~    
    「細かい用語」って何? ~続・教科書で学習しよう センター試験編 その2~

(6) 2009年 本試験 第2問 問4  10 年代順配列問題
 この問題は,正答率が低かったと思われる問題です。2009年から年代順配列が4択→6択になったことにより,より難しくなったのでしょう。これについては,偏った誤答例はなかったのですが,やはり,Ⅰの時期が限定しにくかったのでしょうか。坂上田村麻呂などの用語が入っていれば,桓武天皇(平安初期)の時代だと限定しやすかったと思いますが…。この問題の意図は,「志波城」という用語よりも,「北上川の上流=陸奥国」から奈良時代は日本海側,平安初期に太平洋側を平定という流れの理解を求めたものでしょう。とはいっても,北上川の場所が明確にわかった受験生は少なかったと思います。正答を出せた受験生の多くは志波城から判断したでしょう。また,話をする機会があるかと思いますが,歴史地理(地図も含めて)の苦手な受験生は多いようです。普段から地名や地図は確認しておきましょう

(7) 2009年 本試験 第2問 問5  11 4文の正誤問題
 「10世紀」といえば,律令国家の地方支配が転換した時期で,非常に重要なポイントになるところです。実際に出題も多いので注意が必要です。③が正答ですが,半分を大きく下回る正答率だったと思われます。やはり,「10世紀」という時期の判断が出来なかったのでしょうか?それとも,社会経済史,特に初期荘園に関する知識があいまいだったのでしょうか?いずれにせよ,学習の状況により差がつく問題と言えるでしょう。

(8) 2006年 本試験 第2問 問6  12  4文の正誤問題
 この問題は,基本的な事項を問うているように思われますが,正答は半分を大きく下回っています。正答は①ですが,②の誤答を選んだ受験生も同じぐらいの数がいたと思われます。この年,センターが発表した『高等学校教員の評価』では,「細かい知識を必要とする」としていますが,『問題作成部会の見解』では,「基礎的な事項であった」としています。僕は作成部会の見解を支持します。②の選択肢を選んだ受験生は,細かい知識ではなく,「内裏」という歴史を学ぶ上で重要な用語を理解していなかっただけではないでしょうか。院の警護をするのが北面の武士であれば,天皇の居所である内裏に設置されるはずがありません。結果的に,院政を理解せずに用語の暗記に偏った学習をすると,このような問題が解けないのではないかと思います。

 以上,原始・古代編でした。
 最後になりましたが,「難問」の定義は正答率が50%を下回ると思われる問題としています。また,時間があるときにこれ以降の難問分析をします。