大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

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2014年01月

2014年 センター日本史B(本試験)の解説 ~第4問~

第4問 近世の文化・外交
 昨年に続き,今年も初見史料が出題されました。これで4年連続です。

問1.答② キリスト教政策(史料) 問題番号19
 初見史料だが,史料を落ち着いて読めばよい。
 ア.史料中の「天草一揆」が島原・天草大一揆(島原の乱)とわかれば, 「肥前国[ ア ]領」のアは,島原とわかる。
 イ.史料中に「切支丹の絵像を持回り,…証拠のために絵像を踏ます」とあるので,「絵踏」とわかる。

◎初見史料の空欄補充となっているが,昨年,出題されていた「史料読解→選択肢の正誤判定」と同じで,落ち着いて史料を読めば基本的な知識で正答は出せるはず。初見史料については事前の対策は不要である。基本的な知識があれば,注釈等にヒントもあり,その場で処理できるし,その訓練は過去問演習を通じてできる

問2.答② 近世の庶民生活 問題番号20
 ②正文。
 ①誤文。九十九里浜では鰯漁,土佐の鰹漁が正しい。鰊漁は松前である。特に九十九里浜の地引網は鰯漁で鰊は誤りだと判断できる。
 ※2008年・本試験・問題番号24,2002年・本試験・問題番号19で九十九里浜の鰯漁出題
 ③誤文。刈敷や草木灰は自給肥料である。江戸時代にも使用はされているが,干鰯・油粕のような購入肥料である金肥ではない。
 ※2000年・追試験・問題番号20で,金肥・自給肥料の出題
 ④誤文。灘は酒,阿波は藍が有名である。醤油は野田・銚子,紅花は出羽が有名である。
 ※2008年・本試験・問題番号24で阿波の藍の出題
 

問3.答① 近世の印刷物 問題番号21
 Ⅰ.天草版(キリシタン版)は,ヴァリニャーニの伝えた活字印刷術で作られた。桃山文化のころから。
 Ⅱ.浮世草子は,元禄文化のころ。
 Ⅲ.喜多川歌麿は,化政文化のころ。※山川『詳説日本史』新課程版では宝暦・天明文化。
  以上からⅠ(桃山文化)→Ⅱ元禄文化→Ⅲ(化政文化)となる。

問4.答④ 近世の海上交通や交易 問題番号22
 X.誤文。アイヌとの交易は幕府ではなく,松前藩による。「倭館」は対馬の宗氏が朝鮮との貿易で釜山に設けた。
 ※2008年・本試験・問題番号24で対馬藩・倭館の出題
 Y.誤文。北前船は,蝦夷地から海産物である俵物を西回り航路で輸送した。酒を上方から江戸に運んだのは樽廻船である。
 ※2007年・本試験・問題番号23,2002年・本試験・問題番号22で関連問題

問5.答③ 近世の海外情報 問題番号23
 X.「この人物」はbの新井白石である。白石はイタリア人シドッチの尋問から『西洋紀聞』『采覧異言』を著した。
 ※2010年・本試験・問題番号23で新井白石・シドッチの出題
 Y.「この書物」はcの『赤蝦夷風説考』である。工藤平助は,『赤蝦夷風説考』を意見書として田沼意次に提出した。

問6.答① 日本と諸外国との関係(地図) 問題番号24
 X.日米和親条約で開講されたのは下田と箱館である。箱舘は北海道なので地図中のaである。
 Y.モリソン号が砲撃を受けたのは,相模の浦賀(=神奈川県)と薩摩の山川(鹿児島県)である。地図中のcが神奈川県である。鹿児島県に点はない。やや難か。
 実教『日本史B』には「日本人漂流民の送還と通商を求めて来航したアメリカ船モリソン号が,異国船打払令により相模の浦賀と薩摩の山川で撃退されるという事件がおこった」とある。
 ※モリソン号事件は2000年以降,本試験で出題なし

2014年 センター日本史B(本試験)の解説 ~第3問~

第3問 中世の政治・経済・文化
 今年度も中世の仏教が出題されました。

問1.答④ 源平の争乱について 問題番号13
 ④正文。やや細かい内容か。平氏が源義仲により都落ちしたのが,1883年7月で,その後,1883年10月に後白河法皇は,源頼朝の東国支配を認める宣旨を出した。実教『日本史B』には「平氏が西走したあと,京都で後鳥羽天皇が践祚すると,頼朝はただちに京都朝廷の年号を採用して,その正統性をみとめた。後白河法皇はこの機会をとらえ,頼朝に東国支配のための広範な権限を与えた。」とある。
 ①誤文。白河上皇ではない。崇徳上皇と後白河天皇の政権をめぐる抗争から起こったのが保元の乱である。
 ②誤文。後鳥羽上皇は鎌倉幕府に対抗して西面の武士を置くなど軍事力の強化をはかった。その後,後鳥羽上皇が北条義時追討の院宣を出し,承久の乱が起こった。
 ③誤文。『太平記』ではない。源平の争乱を描き,琵琶法師に語られたのは『平家物語』である。

問2.答③ 東大寺の再建 問題番号14
 a.誤文。b.正文。平氏の焼き討ちにあった東大寺を再建したのは,西行ではなく,重源である。重源は勧進上人となって東大寺再建の中心となった。
 ※2010年・本試験・問題番号15に関連問題
 c.正文。d.誤文。東大寺再建にあたり,登用されたのは宋人の陳和卿である。陳和卿は教科書掲載頻度がやや低い人物ではあるが,dの定朝は平安時代中期(国風文化),仏像彫刻の技法である寄木造を始めた人物で,東大寺再建には無関係である。

問3.答① 中世の流通 問題番号15
  流通というよりは,中国王朝の年代順配列である。
 Ⅰ.「平氏が取り組んだ日宋貿易」より,平安時代末期のことである。
 Ⅱ.「貿易船が元に派遣された」より,鎌倉時代後期である。
 Ⅲ.「明銭の流入」より,室町時代である。
  以上からⅠ(宋)→Ⅱ(元)→Ⅲ(明)となる。

問4.答④ (空欄補充) 問題番号16
 ア.「蓮如の[ ア ]による布教で勢力を拡大した本願寺」から,浄土真宗(一向宗)の蓮如が教えを説くため,直筆で書いた文章である「御文」が解答である。ちなみに「題目」は「南無妙法蓮華経」のことで,題目を重視するのは日蓮宗である。
  ※2013年・本試験・問題番号13,2010年・本試験・問題番号13で題目の出題
 イ.「本願寺の跡地のうち,古代以来の要所として知られる場所には[ イ ]が建設」とある。石山本願寺の跡地に大阪城が建てられており,また,「古代以来の要所」で難波宮などを想起すればよい。

問5.答③ 五山文学 問題番号17
 ③誤文。道元は曹洞宗の開祖で,鎌倉時代の僧侶である。室町時代に活躍する五山僧ではない。
 ①②④は正文。
 ※五山の出題は,2011年(本)・2007年(本)・2005年(追)・2004年(追)など多数

問6.答② 柳生の徳政碑文について(史料) 問題番号18
 X.正文。山川『詳説日本史』には「このような共同行動をとる場合,惣村が支配単位である荘園や郷を中心にまとまった,より大きな強い結合体である惣荘・惣郷が結成されることが多かった(脚注)」とあり,本文中にも「惣村の連合」についての記述がある。
 Y.誤文。負債を帳消しにするのが徳政一揆の目的なので,「返済する」というのは誤りである。
  ※山川『詳説日本史』p124には「柳生の徳政碑文」(地域からのアプローチ)についてのまとめがある。
  ※2002年・本試験・問題番号17で出題
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