大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

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2013年06月

2013年 センター日本史B 本試験 設問分析~その6~

 今回は第6問の近現代です。

◆第6問 問1 問題番号29◆ ◎組合せの空欄補充問題

A (前略)陸軍がこの規定を盾に第2次[ ア ]内閣を2個師団増設問題で総辞職に追い込んだ事件は…(中略)
  軍部は,各地の兵役経験者の団体を1910年に全国的に統合して[ イ ]を設立し,それ以後,この団体を活用して軍国主義を普及させ,社会に大きな影響力をおよぼす基盤をつくったからである。

問1 空欄[ ア ][ イ ]に入る語句の組合せとして正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

  ★① ア 西園寺公望  イ 帝国在郷軍人会
   ② ア 西園寺公望  イ 大政翼賛会
   ③ ア 大隈重信   イ 帝国在郷軍人会
   ④ ア 大隈重信   イ 大政翼賛会

 正答率は標準的だったのですが,②の誤答を選んだ受験生が2割程度いたと思われます。確かに「帝国在郷軍人会」は山川『日本史B用語集』では頻度④の細かい用語ですが,「大政翼賛会」は頻度⑩の基本用語です。リード文は明治末期の桂園時代の内容なので,どう考えても,昭和,15年戦争期の「大政翼賛会」が入るはずがありません。「帝国在郷軍人会」という知らない用語に惑わされず,消去法で解かなければいけないのです。用語暗記を中心とした学習をしている受験生は自信をもって誤りの用語を排除することができないのです。結局は「時期の判断が重要だということがわかります。
 ちなみに山川『詳説日本史』で「帝国在郷軍人会」は本文中に記述されています。


◆第6問 問2 問題番号30◆ ◎2文の正誤問題

 …(a)陸・海軍大臣の任用資格を現役の大将・中将に制限した軍部大臣現役武官制の成立がある。

問2 下線部(a)に関して述べた次の文X・Yについて,その正誤の組合せとして正しいものを,下の①~④のうちから一つ選べ。

  X この制度は,政党の影響力が軍隊におよぶことを阻む政策の一環として,第2次山県有朋内閣により制定された。
  Y この制度は,米騒動直後に成立した政党内閣によって改正され,現役以外の大将・中将からも大臣の任用が可能になった。

 ① X 正  Y 正   ★② X 正  Y 誤
 ③ X 誤  Y 正    ④ X 誤  Y 誤

 意外に正答率が低かった問題の一つです。Yの「米騒動直後に成立した政党内閣」=原敬内閣というのがわからなかったのでしょうか。軍部大臣現役武官制が緩和されたのは第1次山本権兵衛内閣のときのことです。センター試験の過去問を解いていれば,原敬内閣がよく出題されており,山本権兵衛内閣については,第1次の時のジーメンス事件や第2次の時の虎の門事件が出題されているので,その時にしっかり復習していればできたはずです。やはり過去問が重要なことがわかります
 特に大正から昭和初期にかけては政治・外交の重要事項は内閣ごとに整理しておきたいところです。


◆第6問 問3 問題番号31◆ ◎時期の判断を必要とする正誤問題

問3 下線部(b)[多くの国際会議で新たな国際体制が模索され,軍備の制限も進んだ]に関して述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

  ① ヴェルサイユ条約により,平和維持のための国際組織として国際連合が設置された。
  ② 中国の主権と領土の尊重を約した九カ国条約により,日英同盟が終了した。
 ★③ 不戦条約(パリ不戦条約)では,国家の政策の手段としての戦争を放棄するとされた。
  ④ バンドン会議で,列強間の平和共存をうたった平和五原則が決議された。

 標準よりは少し低い正答率でした。以下に参照した2009年に続いて「(パリ)不戦条約」が出題されました。②と④の誤答が多かったようです。④はおそらく,現代史の学習が十分にできていなかった受験生が間違ったのではないかと推測できます。近代の出題で現代の内容を誤文にするパターンは今後もあると思われます。現代史を学習していないと対応できないでしょう。②はワシントン会議で締結された九カ国条約で廃棄されたのは石井・ランシング協定です。山川『詳説日本史』,実教『日本史B』ともに本文に記述されています。
 問題は③の不戦条約です。これについては2009年の試験問題評価委員会報告書の「高等学校教科担当教員の意見・評価」で「[30]では,パリ不戦条約の調印時期を判断する必要がある。不戦条約は,対中国強硬外交を主導する田中義一内閣下で調印された。時代の流れに主眼を置いた授業では不戦条約を大きく扱うことは少なく,その調印時期の判断に受験者は戸惑ったことであろう。」とされています。この意見には不満がありました。しかし,問題作成部会は無視して出題したようです。第1次世界大戦以降の日・米・英を中心とする国際協調と政党内閣の対応は正確に理解しておく必要があります。

【参考】2009年 本試験  問題番号30

問2 下線部(b)に関して述べた次の文Ⅰ~Ⅲについて,古いものから年代順に正しく配列したものを,以下の①~⑥のうちから一つ選べ。

Ⅰ 国策の手段としての戦争の放棄を約した不戦条約に調印した。
Ⅱ 補助艦の総保有量(トン数)を英・米の約7割とすることに合意した。
Ⅲ 主力艦保有量(トン数)を英・米の5分の3に制限することに合意した。

① Ⅰ-Ⅱ-Ⅲ   ② Ⅰ-Ⅲ-Ⅱ   ③ Ⅱ-Ⅰ-Ⅲ
④ Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ  ★⑤ Ⅲ-Ⅰ-Ⅱ   ⑥ Ⅲ-Ⅱ-Ⅰ

 次回も第6問の近現代史になります。







2013年 センター日本史B 本試験 設問分析~その5~

 今回から何回かにわけて近現代の第5・6問の分析をします。正答率の低い問題が多かったので,過去問を解いた後はしっかり見直してほしいところです。

◆第5問 問4 問題番号28◆ ◎グラフやリード文をヒントに解く問題


 (前略)また当初,外国人には特許権を認めていなかった。その後,治外法権(領事裁判権)の撤廃にかかわる不平等条約改正の交渉過程で,(c)外国人の特許権取得も認められるようになった。1899年の特許法の制定など,法的な整備も進み,特許制度は,経済活動の基礎を支える制度として,産業の発展や科学技術の振興に大きく貢献した。

問4 下線部(c)に関連して,特許登録件数を示す次のグラフと表に関して述べた下の文X・Yについて,その正誤の組合せとして正しいものを,下の①~④のうちから一つ選べ。

2013センター28


  X 日英通商航海条約に調印した翌年から,外国人の出願も加わり,特許登録件数が上昇に転じた。
  Y 1905年の特許登録件数をみると,日本人が取得した特許は,武器や重工業に関する発明が上位を占めている。

 ① X 正  Y 正   ② X 正  Y 誤
 ③ X 誤  Y 正  ★④ X 誤  Y 誤

 これはかなり正答率が低かった問題です。解答は④ですが,誤答は極端に②に偏っており,正答より選択率が高かったと思われます。Yの正誤判断は「日本人・外国人の特許登録件数上位5分類(1905年)」の表をみればわかるので多くの受験生が誤りと判断できたようです。問題はXです。「日英通商航海条約に調印した翌年」が調印した1894年の翌年,つまり1895年だとわかった人はグラフをみれば,「特許登録件数が上昇に転じた」というのが,むしろ減少していることから誤りだと判断できたでしょう。しかし,この問題は「1895年」がわからないと解けないのでしょうか。センター試験の方針から考えると,西暦年がわからないと解けない問題は基本的に出題しません。しかし,特許の歴史など事前に勉強している受験生はいないでしょう。そうすると,ヒントとしてもう一つリード文があります。リード文の「治外法権(領事裁判権)の撤廃にかかわる不平等条約改正の交渉過程で,外国人の特許権取得も認められるようになった」というところから,外国人の特許が認められたのは1880年代の井上馨外相・大隈重信外相の条約改正交渉の過程ではないかと推測できます。また,「1899年の特許法の制定」に注目すると,グラフでは1900年から急激に特許登録件数が増加しています。このあたりはヒントにならないでしょうか。
 リード文をヒントにして考える問題は2006年の問題番号7にもありました。これも正答率が低い問題でした。

【参考】2006年 本試験 問題番号7
A 
 古代の土木工事のなかには,今も地表に痕(こん)跡(せき)を残すものがある。地図からそうした痕跡を抜き出し,次の図を作成した。(上が北とは限らない。)
 Wは,3世紀の前方後円墳である。精密に設計し,多くの人々を動員して墳丘を築いた様子がうかがえる。(a)この古墳について『日本書紀』は,「日(ひる)は人作り,夜は神作る」と記す。神が手伝ったかのような大墳墓の造営は,首長が手にした権力と土木技術によって,はじめて可能となった。
 X―Yは,奈良盆地を南北につらぬく古道の一つである。7世紀に敷設された直線道路で,測量の精度は極めて高い。X方面に向かえば山(やま)背(しろ)・近江,Y方面に向かえば飛鳥に至り,この付近は壬申の乱の戦場にもなった。
 Z周辺の碁盤目状の地割は,条里制の痕跡である。このような1町を一辺とする正方形の区画を「坪」とよび,それが条・里の基礎単位となった。班田収授に対応し,(b)律令国家が計画的に行った土木工事と考えられている。条里制地割の分布は,おおむね(c)古代の田地開発の進展を示すものであろう。

2006年センター問題


問1 下線部(a)に関して述べた次の文a~dについて,正しいものの組合せを,以下の①~④のうちから一つ選べ。 
 a 墳丘の長さは,約140mである。
 b 墳丘の長さは,約280mである。
 c 前方部が東北東の側にある。
 d 前方部が西南西の側にある。

 ① a・c  ② a・d  ③ b・c  ④ b・d

 以上から言えることは,知らない内容が出題されても焦らないことです。冷静にリード文や資料などを丁寧にチェックしてヒントを探してみましょう。「リード文や史資料は読まなくても問題は解ける」という間違った「テクニック」を説く講師もいるようですが,近年のセンターの方針は「史資料を利用して歴史的な思考力」を問うことです。

 次回は第6問近現代です。正答率の低い問題が多かったので何回かに分けます。


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