とりあえず,解答例だけ出します。問題は大手予備校のHPなどで確認してください。

第1問
ワカタケル大王の時代,宋皇帝の冊封を受け,臣下として朝鮮半島南部における外交・軍事上の優位を確保し,国内支配の安定をはかっていた。その一方,国内では,中央でも地方でも大王に匹敵する有力豪族が没落して大王に権力が集中し,百済からの渡来人を組織化して技術を独占するなどヤマト政権の支配が強化された。それにより,大王のもとに中国の権威から独立した秩序の形成が進んだ。(180字)

第2問
A奥州藤原氏は,蝦夷や北方の民族を従え,北方との交易や金などの産出によって得た富をもって,朝廷に貢物を納めて奉仕した。(60字)
B奥羽を独自に支配する奥州藤原氏を朝廷が認めていた上,頼朝に対抗する勢力と結びつくことにより,脅威となる可能性があった。 (60字)
C頼朝政権は,動乱の過程で,朝廷から自立的に東国を支配する軍事政権として成立し,頼朝と御家人の主従関係により軍事編成された。こうした軍事体制が朝廷に公認され,国家的な制度となった。(90字)

第3問
A大名には軍役負担により内乱の鎮圧と対外的防衛の役割,天皇には伝統的な権威により幕府を正統化して権威づける役割を求めた。(60字)
B武士の主従関係は主君と家臣との個人的関係であった。しかし戦乱が終わり,平和が続くと,家の存続を重視し,主従関係は家と家との関係に再編され,支配論理が武力から忠孝や儀礼に変わった。(90字)

第4問
Aペリー来航により開国し,通商条約の締結が進められ,対外的な危機感が高まった。そのため,譜代大名を中心とする幕府運営を改め,将軍を中心に親藩・外様を含めた雄藩による連合政権をつくり,幕臣以外の武士も登用して支配体制を強化することを構想した。(120字)
B明治維新の過程で幕府や藩は解体された。その上で明治憲法体制が形成され,天皇が元首として広範な権限を持つこととなり,公選制による議会が設置されたことで,一般国民が国政に関与できた。(90字)