大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

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2012年06月

2012年 センター日本史B 本試験 設問分析~その5~

 今回は2012年度の本試験で一番正答率が低かったと思われる問題です。やはり年代順配列問題です。しっかり攻略しましょう。

◆第3問 問4 問題番号16◆ ◎年代順配列問題
問4 下線部cに関連して,14世紀から15世紀にかけての日明関係に関して述べた次の文Ⅰ~Ⅲについて,古いものから年代順に正しく配列したものを,下の①~⑥のうちから一つ選べ。

 Ⅰ 足利義持によって,明との貿易が一時中断された。
 Ⅱ 九州の懐良親王に,明が倭寇の取締りを要求した。
 Ⅲ 明皇帝が,「源道義」を「日本国王」とした。

 ① Ⅰ-Ⅱ-Ⅲ ② Ⅰ-Ⅲ-Ⅱ ③ Ⅱ-Ⅰ-Ⅲ
★④ Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ ⑤ Ⅲ-Ⅰ-Ⅱ ⑥ Ⅲ-Ⅱ-Ⅰ

 正解は④の「Ⅱ-Ⅲ-Ⅰ」で,⑤⑥の誤答が多かったようです。選択肢を比較してみると,「Ⅲ→Ⅰ」というのは多くの受験生が分かったのでしょうか。Ⅲは「源道義」が3代将軍足利義満のことだとわかれば,Ⅰは4代将軍足利義持なので,簡単に並べることができるでしょう。ところが,Ⅱの選択肢がよくわからなかった受験生が多かったようです。教科書の記述を見てみましょう。

山川出版社『詳説日本史』 東アジアとの交易 p129
「中国では,1368年朱元璋(太祖洪武帝)が元の支配を排して,漢民族の王朝である明を建国した。明は中国を中心とする伝統的な国際秩序の回復をめざして,近隣の諸国に通交を求めた。…明のよびかけを知った足利義満は,1401(応永8)年,明に使者を派遣して国交をひらいた。…日明貿易は,4代将軍足利義持が朝貢形式に反対して一時中断し,6代将軍足利義教の時に再開された。
注①(本文省略) 国交をひらくにあたり,義満は使者に国書を持たせて明に派遣し,これに対し明の皇帝は「日本国王源道義」(道義は義満の法号)あての返書と明の暦を義満にあたえた。…」

実教出版『日本史B』 倭寇と勘合貿易 p138
「…義満は,1401(応永8)年,側近の祖阿,博多の商人肥富らの使者を明につかわして日本の統一を知らせ,国交を求めた。これに対して,明では義満を日本国王に任命し,1404(応永11)年,日本からの朝貢の形で日明貿易が開始された…義満の外交は先例にとらわれることなく,朝貢の形式をとったため多くの批判をよび,4代将軍義持のときに勘合貿易は中止されたが,6代将軍義教がこれを再開した。」

 以上の記述を見る限りでは,Ⅲの「源道義」や「日本国王」,そして,Ⅰの足利義持は出てきますが,Ⅱ懐良親王のことは出てきません。やはり難問でしょうか。ちなみに山川出版『日本史B用語集』によれば,懐良親王の頻度は⑦で,瑣末な用語とは言えず許容範囲です。
 しかし,教科書によっては懐良親王への対応が違います。

山川出版『詳説日本史』→懐良親王の記述なし

実教出版『日本史B』 南北朝の合体 p136
「ほぼ60年に及ぶ南北朝の動乱も,3代将軍義満のときに終息にむかい,室町幕府の体制も大いに整備され,新しい時代が到来した。征西将軍懐良親王の活躍でいちじ南朝方に制圧されていた九州も,九州探題として下向した今川貞世(了俊)が,1372(応安5)年に大宰府を制してからは北朝の勢力下にはいって安定にむかった。」
 
 山川の教科書を使っている受験生には厳しいということになるでしょうか。実教にしても,日明関係とは違うところに出てくるので,教科書では違った項目に書かれている内容を結びつけて考えなければいけません。やはり難問だったと言えるでしょう。

 とはいっても,教科書の内容から,どう考えれば解けるか考えてみましょう。まず,前掲の山川を基準に考えると,「倭寇に悩まされた高麗は日本に使者をおくって倭寇の禁止を求めたが,日本が内乱のさなかであったため成功しなかった(p129)」という記述があります。高麗の話ではありますが,後半の「日本が内乱…」というところから,Ⅱの選択肢の後半部分「…明が倭寇の取締りを要求した」にはつながらないでしょうか。「東アジアでの倭寇の被害は朝鮮だけのものではなく,中国にもありましたし,義満が明に使者を派遣し国交を樹立した背景には南北朝の動乱が終結したことがあります。そうすれば,実教の記述も加味して,九州で勢力のあった南朝方の懐良親王をおさえて,南北朝の内乱が終わったと考えれば,その後,義満が明に使者を派遣して国交を樹立したというストーリーも見えてきます。つまり,Ⅱの選択肢の前半「九州の懐良親王」(=実教)から考えるか,後半「倭寇の禁圧要求」(=山川)から考えるかでⅡが最初に来るというのはわかるでしょうか。
 一応,教科書から考えてみましたが,実はこの問題は出来なければいけない決定的な理由があります。実は過去に出題されているのです。

◆2005年 本試験 第3問 問題番号17◆ ◎年代順配列問題

問5 下線部(c)に関連して述べた次の文Ⅰ~Ⅲについて,古いものから年代順に正しく配列したものを,以下の ①~④のうちから一つ選べ。
 
 Ⅰ 九州にいた懐良親王は,明の皇帝と外交関係を持った。
 Ⅱ 大内氏の滅亡により,勘合貿易が断絶した。
 Ⅲ 尚巴志が琉球王国を建国し,室町幕府と通交関係を結んだ。

 ① Ⅰ―Ⅱ―Ⅲ  ② Ⅰ―Ⅲ―Ⅱ  ③ Ⅲ―Ⅰ―Ⅱ  ④ Ⅲ―Ⅱ―Ⅰ

 選択肢も,当時は4択だし,室町時代の国際関係を広く問うものですが,九州の懐良親王は出題されています。つまり,過去問をしっかりやっていた受験生にとっては,類題が出ただけなのです。
 繰り返しますがセンター試験の最大の攻略法は過去問なのです。教科書と過去問があれば確実に高得点が取れるのがセンター試験なのです。
 もう一つは,年代順配列問題を攻略すること。「いつの出来事か」が曖昧な受験生は,センター日本史で高得点は望めません。また,教科書で解答に必要な内容が同じ項目でまとまっているとは限りません。頭の中で離れている項目を結びつけられるかどうかです。年代順配列はその一つの指標といえます。

2012年 センター日本史B 本試験 設問分析~その4~

 前回の続きです。

◆第3問 問3 問題番号15◆ ◎地域と時期の判断を求められる問題

問3 下線部b[鎌倉時代の後半]に関連して,このころの人々の活動について述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから
 一つ選べ。
 
★① 幕府や荘園領主の支配に抵抗する者が,悪党とよばれた。
   ② 足軽が鉄砲隊に組織され,活躍した。
   ③ 都市鎌倉では,大原女などの女性商人が活躍した。
   ④ 交通の要所では,商品の中継ぎや運送を行う借上が現れた。

 正しいものは①で,これが解答になります。②は鉄砲=戦国時代,④借上=高利貸し業者というのは基本事項であったためか,②④を選択した人は少なかったのですが,③の誤答が意外に多かったのです。
 まず,「大原女」に着目すると,語句としては山川出版『日本史B用語集』で頻度④と、センター試験の出題としてはかなり低いです。教科書では以下の通り室町時代に出てきます。

◎山川出版社『詳説日本史』 商工業の発達 p126
「農業や手工業の発達により,地方の市場もその数と市日の回数をましていき,月に3回ひらく三度の市から,応仁の乱後は6回ひらく六斎市が一般化した。また連雀商人や振売とよばれた行商人の数も増加していった。これらの行商人には,京都の大原女・桂女をはじめ女性の活躍がめだった。」

◎実教出版『日本史B』 商業の発達 p144
京都近郊では大原女・桂女など女商人の進出がみられ,また連雀商人や振売といわれた行商人が各地で活躍した。」

 教科書の記述から見れば,「室町時代」と判断して,③が誤文だと考えた受験生がいるかもしれません。ところが,時代の判断かと思いきや,この問題は時代で判断できないことに気付きました。大原産の炭や薪を売る女性は,『国史大辞典』などによれば鎌倉時代後期に存在していたようで,結果的に③を誤文と判断できても,時期で判断するのは違うようです(解答が出ればいい!という考え方も出来ますが…)。
 以上から結局,ポイントは「大原」の地が京都であり,③は大原女が活動したのは「鎌倉」ではなく,京都であるということから,誤文と判断するのが正しい。ただ,ポイントがずれていても正答が出せると考えると,正答率が低かったのは「大原女」や「桂女」といった女性の行商人を知らなかった受験生が多いということでしょうか。出題者側は「大原女」の用語頻度は低いが,「大原」という地名で判断できるだろうと考えたのかもしれません。しかし、そう考えるとやや難問だったのでしょうか。「♪京都~ 大原 三千院~」という歌がありましたが,今の受験生は知りませんね(古い!)。
 近年の中世の社会経済の出題を見てみましょう。2006年の問題です。

◆2006年 第3問 問3 問題番号15◆ ◎中世の社経で近世の語句を利用した誤文

問3 下線部(b)に関して,鎌倉時代の商品生産と商工業について述べた文として誤っているものを,次の①~  ④のうちから一つ選べ。 

   ① 瀬戸焼など陶器の生産が発展した。
   ② 灯油の原料となる荏胡麻が栽培された。
   ③ 長船長光らの刀鍛冶が活躍した。
 ★④ 干鰯が肥料として広く売買された。

 この問題は近年の典型的な出題で,中世(鎌倉・室町)の経済を問い,江戸時代の語句から誤文を作るパターンです。④の干鰯は江戸時代の金肥(購入肥料)です。時代のズレから誤文の判断ができます。この問題のように近年は中世の社会経済について,鎌倉時代か,室町時代か,の判断をさせないのがセンター試験です。ということは中世の社会経済については「鎌倉・室町→江戸の誤文」の判断ができればいいということになります(ただし,「江戸→鎌倉・室町の誤文」は原則ありません)。「鎌倉⇔室町」の時期の判断をさせる経済に関する正誤問題は成立しないものが多いので,出題しにくいのでしょう。
 以上から考えると,今年の出題も時期の判断ではなく,「大原女=京都→都市鎌倉の誤文」の判断だと考えられます。
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