大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

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2011年08月

センター日本史B 本試験 難問集(2010~2006) ~原始・古代編 その2~

 原始・古代編 その1のつづきです。 問題  解答・解説

(5) 2006年 本試験 第2問 問4  10 空欄補充問題+図版
 この問題は,見ればわかると思いますが,イの「曼荼羅」で間違った受験生はほとんどいないと思われます。アの「掘立柱」と「礎石」で間違った受験生が多いのです。教科書では,一例をあげると,山川出版社の『詳説日本史B』で,白鳳文化の脚注に礎石の説明はあり,奈良時代の社会のところで「掘立柱住居」の語句が太字で強調されています。まず,センター試験の基本として,教科書は丁寧に学習したいところです。もう一つは,塔の図が問題にありますが,右側の骨組みを示す図で,柱の下に石が敷かれているのがわかります。ここが,出題者にとってはヒントの一つだったのでしょう(とはいっても,少なくとも,掘立柱の意味を知らないとできませんが…)。
参考 「細かい用語」って何? ~続・教科書で学習しよう センター試験編 その1~    
    「細かい用語」って何? ~続・教科書で学習しよう センター試験編 その2~

(6) 2009年 本試験 第2問 問4  10 年代順配列問題
 この問題は,正答率が低かったと思われる問題です。2009年から年代順配列が4択→6択になったことにより,より難しくなったのでしょう。これについては,偏った誤答例はなかったのですが,やはり,Ⅰの時期が限定しにくかったのでしょうか。坂上田村麻呂などの用語が入っていれば,桓武天皇(平安初期)の時代だと限定しやすかったと思いますが…。この問題の意図は,「志波城」という用語よりも,「北上川の上流=陸奥国」から奈良時代は日本海側,平安初期に太平洋側を平定という流れの理解を求めたものでしょう。とはいっても,北上川の場所が明確にわかった受験生は少なかったと思います。正答を出せた受験生の多くは志波城から判断したでしょう。また,話をする機会があるかと思いますが,歴史地理(地図も含めて)の苦手な受験生は多いようです。普段から地名や地図は確認しておきましょう

(7) 2009年 本試験 第2問 問5  11 4文の正誤問題
 「10世紀」といえば,律令国家の地方支配が転換した時期で,非常に重要なポイントになるところです。実際に出題も多いので注意が必要です。③が正答ですが,半分を大きく下回る正答率だったと思われます。やはり,「10世紀」という時期の判断が出来なかったのでしょうか?それとも,社会経済史,特に初期荘園に関する知識があいまいだったのでしょうか?いずれにせよ,学習の状況により差がつく問題と言えるでしょう。

(8) 2006年 本試験 第2問 問6  12  4文の正誤問題
 この問題は,基本的な事項を問うているように思われますが,正答は半分を大きく下回っています。正答は①ですが,②の誤答を選んだ受験生も同じぐらいの数がいたと思われます。この年,センターが発表した『高等学校教員の評価』では,「細かい知識を必要とする」としていますが,『問題作成部会の見解』では,「基礎的な事項であった」としています。僕は作成部会の見解を支持します。②の選択肢を選んだ受験生は,細かい知識ではなく,「内裏」という歴史を学ぶ上で重要な用語を理解していなかっただけではないでしょうか。院の警護をするのが北面の武士であれば,天皇の居所である内裏に設置されるはずがありません。結果的に,院政を理解せずに用語の暗記に偏った学習をすると,このような問題が解けないのではないかと思います。

 以上,原始・古代編でした。
 最後になりましたが,「難問」の定義は正答率が50%を下回ると思われる問題としています。また,時間があるときにこれ以降の難問分析をします。 
 

 


 
   

センター日本史B 本試験 難問集(2010~2006) ~原始・古代編 その1~

 今回からセンター試験の過去問で2006~2010年(現過程)の分から,多くの受験生ができなかった,あるいは差が付いたと思われる問題をあげ,それを分析します。それにより,弱点を見つける参考にしてもらえたらよいと思います。問題はすべて別館の「データ集」にあげてあります。解答・解説も付けてあるので,受験生は問題を解いてみてください。今回は「原始・古代編」です。問題はそちらを参照してください。また,問題の解き方に特化した詳しい解説は「データ集」にアップしてあります。

(1) 2006年 本試験 第2問 問1  7 組合せの正誤問題と図版
 この問題は正答率がかなり低かったと考えられます。現行の過程に入った1年目のセンター試験でした。組合せの正誤問題で,aとbの判断は多くの受験生が出来たようです(それでも比較的低目と思われます)。④が正答なのですが,cとdの判断に迷い③の誤答をした受験生が非常に多かったようです。この問題については2つの解き方が考えられます(詳細は解説で)が,近年のセンター試験の傾向でリード文や与えられた史資料から歴史的な知識を背景に考える問題と考えるべきでしょう。おそらく,できなかった受験生はリード文や図版が十分に活用できなかったのでしょう(もちろん背景知識もいるのですが)。2006年以降のセンター試験は,史資料を分析させる意欲的な問題が多くみられます。リード文はしっかり読み,史資料を丁寧にチェックして問題にあたりましょう。

(2) 2010年 本試験 第2問 問3  9 正誤問題と史料読解 
 この問題は,史料を読み取ればよいだけの問題でした。史料の下線部(b)とその前後の文章を読めば,④が誤りだとすぐにわかったはずです。誤答が多かったのは,知識が邪魔したのでしょうか?センター試験の史料読解問題では,必ずしも,教科書的な知識だけで解けない問題が出題されます。この設問のように史料を参考にして解くことを要求されている問題では,客観的に史料を読むことで解答が導き出されます。つまり,史資料を扱う能力を試しているのです。また,②の誤答が比較的多かったのですが,『日本書紀』に掲載されている「改新の詔」の内容に潤色があり,疑問視されていることを「誤っているもの」と勘違いしたのでしょうか?

(3) 2006年 本試験 第2問 問2  8 年代順配列問題
 この問題は,正解を出せたのが半分以下だったと思われます。年代順配列問題は比較的正答率が低く,苦手とする受験生が多いのです。都の造営を読んだ和歌からの問題なのですが,実際は( )内のヒントを参考に解けるようになっています。①が正答ですが,誤答は③④に集中しているようです。おそらく,Ⅱは藤原宇合,Ⅲは「恭仁の都」や橘諸兄政権と時期を限定するヒントが入っているのですが,Ⅰは明確に時期を限定できる用語が見当たらなかったため,時期の判断に迷った受験生が多かったのでしょう。Ⅰは天武天皇を称える歌(「天皇の神格化」というヒントもあるが)としては有名なのですが,それを知らなければ「大伴御行の歌」では判断できなかったと思われます。これは難問と言えるでしょう。
参考 センター試験の日本史について ~「いつ(時期)」をどう考えるか~    
    センター試験の日本史について ~年代順配列問題~  
 
(4) 2009年 本試験 第2問 問3  9 空欄補充問題
 この問題は,半分強の受験生が間違ったと考えらえれます。基本的な知識問題だと思うのですが,イの出挙よりも,アの「毎年」を,「6年ごとに」と間違った受験生が比較的多かったようです。リード文に「計帳」とあるので,間違ってほしくない問題です。

 (その2へつづく)
 

 
  



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