大学受験の日本史を考える

大学受験予備校で日本史講師をしている鈴木和裕です! 大学受験の日本史について思いつくままに書いていきます!

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2011年06月

2011年 センター日本史B 本試験 ~設問分析 その1~

 何回かにわたって,2011年度の日本史B(本試験)から気になる問題を分析します。基本的には難問または差が付く問題と考えてください。また,問題の分析を通じて,学習方法やセンターの攻略ができればよいと思います。

◎「時期と文化」の判断が必要な問題 

◆2011年 日本史B 本試験 第2問 問5 11◆ 
  下線部dに関連して,9~10世紀ころの僧の動向について述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。

 ① 空海は,唐に渡った経験はないものの,唐風の書の名手であった。
 ② 最澄の弟子円珍は,唐から帰国後,真言宗の密教化を進めた。
 ③ 9世紀初頭,鑑真らが唐から渡来し,日本に戒律を伝えた。
 ④ 10世紀半ば,空也が京で浄土教を説いた。
(解答は④)

 この問題では,特に③の誤答が多いと思われます。「9~10世紀」という時期の指定で,僧の動向なので文化史の問題と考えてよいでしょう。そうするとこの問題では,①②の誤答が少なかったとすれば,いずれも,語句の知識で解けるということでしょうか。①は空海が遣唐使で派遣されているので誤文,②は最澄-天台宗の知識があれば誤文と判断できるでしょう。③④は時期の判断が求められています。「いつ」の出来事か,特に何世紀というのが苦手な受験生が多い上に,学習が届かない文化史です。混乱した受験生が多いのでしょう。
 ここで必要なのは,8世紀=天平文化,9世紀=弘仁・貞観文化,10世紀=国風文化という文化区分がわかるかどうかでしょう。そうすれば,

 ③ 8世紀-奈良時代-天平文化…鑑真
 ④ 10世紀以降-平安中期-国風文化…浄土教・空也

ということで,③が誤文だと判断できたでしょう「時期と文化という組合せは相性が悪いようで正答率が下がります。文化史は語句の暗記のみで済ませると足元をすくわれるようです。政治・外交と文化の関連も含めて,時期の判断がしっかりできるように知識を身につけておく必要があります
 文化史の学習をする際に「弘仁・貞観文化-天台宗・真言宗」というのは覚えているとしても,「9世紀-弘仁・貞観文化」というのは確認しているでしょうか?リード文にもヒントは隠されていますが,基本的には時期の確認を丁寧にしてほしいと思います。
 以下,近年の時期と文化に関連する類題です。参考にしてください。

◆2010年 日本史B 本試験 第3問 14◆ 
 平安末期のあいつぐ戦乱や社会の変化を体験した人々は,心の支えを求めていた。そのようななかで仏教界でも,武士や庶民など広い層を救済の対象にする動きが起こった。(a)鎌倉新仏教の開祖のなかで最初に登場した法然は,旧来のような難しい修行をしなくとも往生できると説いた。…

問2 下線部(a)に関連して,法然が活躍した時期の政治状況について述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
 ① 白河天皇が,堀河天皇に譲位し,自らは上皇となって院政を開始した。
 ② 源義仲が,北陸道から入京し,平氏一門を西国へ追った。
 ③ 北条時頼が,御家人の訴訟を専門に扱う機関として引付を設置した。
 ④ 北条時宗が,元の襲来に備えて九州北部などを御家人に防備させた。
(解答は②)

※この問題はリード文の「平安末期のあいつぐ戦乱…」の部分に着目しなければ解けない問題で,リード文を読まずに解いた受験生が多かったため,正答率が低かったのではないだろうか。

◆2007年 日本史B 本試験 第2問 11◆ 
問5 下線部(d)に関連して,9世紀における新仏教の動きに関して述べた次の文a~dについて,正しいものの組合せを,以下の①~④のうちから一つ選べ。
a 高野山に金剛峰寺が開かれた。
b 上皇や貴族がしばしば熊野へ参詣した。
c 源信によって『往生要集』が著された。
d 天台宗に密教が本格的に取り入れられた。
① a・c② a・d③ b・c ④ b・d (解答は②)

※この問題は2011年度の類題よりは簡単だったようだ。

「細かい用語」って何? ~続・教科書で学習しよう! センター編 その2~

 センター編 その1の続きです。

3.山川出版社『日本史B用語集』を基準に考えてみるとどうか 
 センター試験の用語(内容)のレベルどう考えるか,別の角度から見てみましょう。センター試験が,教科書を基準に作られていることは,毎年,実施後に大学入試センターが公表する「問題作成部会の見解」からわかります。それによれば,
「…今後,問題作成に当たって,次の点に留意したい。①教科書頻度に注意する。②高校現場の授業でどう扱っているかに配慮する。…」(平成20年度)
「…今後は,以下の点に留意して問題作成を進めたい。①高等学校教育の範囲と水準を逸脱することなく,平均点を上げるため,標準的な問題を作成するように心掛ける。②高等学校現場での授業に配慮する。…」(平成22年度)
といっており,「教科書の頻度」=「高等学校教育の範囲と水準を逸脱することなく」と考えれば,教科書が結局は出題内容の基準であると考えられます。では,教科書頻度とは何か?それに該当するおおよそのデータがとれるのは,山川出版社『日本史B用語集』です。これは,日本史Bの教科書11種類のうち何種類の教科書に掲載されている歴史用語かというのがわかります。
 それによれば,用語レベルで見た場合,センター試験の9割弱ぐらいの設問は用語頻度⑩前後の用語をしっていれば解答できるようになっています(ちなみに不戦条約は⑪でした)。

4.最低限の歴史用語を知っていればセンターで高得点はとれるのか
 できるだけ効率よく,最低限の労力で高得点をとりたいというのは,誰もが思うことです。我々,講師というのもそれをめざして教えています。しかし,なかなかそうはうまくいきません。
 例えば以下の問題を見てください。

◆2010年 日本史B 本試験 第1問 問4 4◆

問4 下線部(d)[鎌倉時代の武士]に関して述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。
 
 ① 鎌倉時代の武士は,城下町への集住が義務付けられていた。
 ② 鎌倉時代を通じて,武士の所領は,嫡子単独相続を原則としていた。
 ③ 鎌倉時代の武家社会における一族の結合体制を,寄親・寄子制とよんでいる。
 ④ 鎌倉時代の武士の間では,流鏑馬・犬追物などの武芸の鍛錬がさかんに行われた。
(解答は④)

 テーマは「鎌倉時代の武士」なのですが,鎌倉時代の知識だけで解けるでしょうか?解答以外の誤文に着目すると,①は江戸時代,③は戦国大名の支配に関連する内容でひっかけています。ということは,鎌倉時代の学習をしたからといって,鎌倉時代の問題が解けるとは限らず,前の平安時代や,後の室町時代,戦国時代,江戸時代まで学習していないと時間の前後関係に関わる正誤問題は解けないのです。
 次に以下の問題を見てください。

◆2007年 日本史B 本試験 第3問 問4 16◆

問4 下線部(c)[浄土宗]に関して述べた文として正しいものを,次の①~④のうちから一つ選べ。 16 

 ① この宗派を開いた人物の著作に,『正法眼蔵』がある。
 ② この宗派では,踊念仏を布教の手段に用いた。
 ③ この宗派の中心となった寺院に,知恩院がある。
 ④ この宗派では,戒律を重視して旧仏教を改革した。
(解答は③)

 この問題は浄土宗について問うていますが,やはり誤文を見ると①道元(曹洞宗),②一遍(時宗)などで,浄土宗だけを知っていても解けないようです。ちなみに前期の『日本史B用語集』の頻度は,『正法眼蔵』⑨,踊念仏⑨,旧仏教⑪でこれは⑩前後の条件に当てはまってますね。知恩院は⑦です。山川『詳説日本史B』での扱いは,踊念仏は本文太字,旧仏教は本文,『正法眼蔵』と知恩院は新仏教をまとめた表中です。
 つまり,最低限のことを知っていれば問題が解けるとしても,その最低限は何か。一つの指標となるのは,『日本史B用語集』で頻度⑩前後の用語ですが,9割~満点を狙うなら少し余裕を持って,頻度⑥ぐらいの用語(半分以上の教科書に掲載されている)用語ぐらいまでは学習しておく必要があります。しかし,用語だけ知っていればいいというものではないので,結局,教科書に戻ってくるのです。教科書の脚注,表,図版などにも目配りしながら学習すれば,必然的に最低限の用語を学ぶことになります。

 以上,2回にわたって考察してみましたが,要は,センター試験も教科書の内容を過不足なく消化することが重要であるということが言えそうです。

 「教科書を制する者は受験日本史を制す!

 「何が出題されるか」「どこまで覚えればよいか」と心配する必要はありません。つまり,「細かい用語・内容を勉強しなくていい」のではなくて,「教科書の内容をしっかり消化すればいい」のです。そうすれば,センター試験は十分攻略できます!

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